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ほぼ20年ぶりにアートマーケットへ本格参入することにしました.当時を振り返りながら、様々な方面で調査の日々です.ただただ驚くのは、情報が豊富なこと.これほどの情報量を容易に入手できる現在の若手アーティストが羨ましい日々です.(年配者的なコメントで恐縮です……)

過去と現在の社会状況を比較し、新たなエコシステムを築けないか模索中です.過去と現在の手法を洗い出し、主観で未来のファンドレイジングについて考察しました.

過去

私が学生だった頃(2000年前後)は、アーティストのファンドレイジングとして、主に下記の方法がありました.王道ですが、狭き門です.
大多数のアーティストは、美術教育専門の教育機関(美術大学等)でアカデミックな技術習得や批評を受け、卒業後に自立の道を模索します.
一方、ギャラリーや評論家は、経歴(出身学校/所属ギャラリー/受賞歴/展示歴/他)を参考材料に作家を価値づけました.(もちろん作品の質も評価に含まれますが、標準化が困難なためひとまず置いておきます)

私の活動は、専ら企業案件(広告代理店や制作会社を仲介し、企業の広告費・販売促進費から制作資金を調達)が中心でした.ギャラリーを仲介しないコミッションワークともいえます.アート市場に評価システムがなかった、GPSアートという作品形態ゆえの手法でした.

1. アートギャラリーに向けた活動

コマーシャルギャラリー(企画画廊)に所属し、画廊や画商を通して美術作品を販売.

2. 美術館に向けた活動

美術館に出品し、報酬を得る.

3. 自治体、メセナに向けた活動

文化振興費等、助成金を得る.

4. コミッションワーク

委託制作.クライアント(個人/企業/団体)から制作依頼を受け、報酬を得る.
直接取引は少なく、通常は画廊や画商からの依頼となる.

現在

多様化しています.20年前はなかったが最近のアーティストが活用するファンドレイジングのうち、興味深いものは下記.主にWeb2.0(プラットフォームとしてのWeb)を中心としたテクノロジーの発達が寄与していると思われます.
コマーシャルギャラリーと契約していない若手作家を中心に、セルフプロデュースの手段として広がっている印象です.時間コストに対する投資効率が低い可能性もありますが、ギャラリーと契約中の作家は手を出しにくいのが遠因と思われます.

5. クラウドファンディング

広く資金提供を募り、出資者にはリターンを提供.
日本国内には、2010年頃から普及しました.

6. グッズ販売

過去にもグッズ販売の手法はありましたが、近年は極小ロットの生産技術が発達.
中には在庫リスクのない、受注後に発注できるグッズも登場しました.

7. 通信販売

インターネット通販プラットフォームを活用した、アート作品の直販売.

8. NFT

進出した現代アート作家はまだ少数派ですが、試行錯誤が続いています.
現状は現物美術品の販売に近い形態(データをアート作品とみなし、金銭による等価交換)が主流.

未来

上記の手法を俯瞰すると、基本的にはどれも「個人や団体がアーティストをサポートする」という大義が前提.それをベースに未来予測すると、新しいかたちでアーティストをサポートできるシステムが築けるのでは?と考えています.

マーケティングの世界では、外部要因を分析して未来を予測する手法があります.この分析に則り、近い将来アーティスト活動に影響しそうなキーワードを挙げました.

新規プレイヤーとその価値観

テクノロジー業界ではVR(仮想現実)、AR(拡張現実)、MR(複合現実)の他、XR(クロスリアリティ)の概念が叫ばれて久しいですが、アートの世界にも遅ればせながら浸透し始めているように見えます.

これらはどうしても技術的な部分にフォーカスされがちですが、私が注目したいのは「参入プレイヤー、ステークホルダー」です.この技術を積極的にアートへ取り込む層のデモグラフィックが、従来アートマーケットと大きく異なります.アーティストだけでなく、コレクターや評論家、ギャリストを含めて従来と異なる点が特徴.

現在は従来の価値観と分断されているように見えますが、時間と共に垣根が取り払われていくものと予測します.将来を見据え、彼らステークホルダーの価値観を理解することが重要です.

ファンマーケティング

企業や商品、サービスの熱狂的なファンを中心にコミュニケーション設計や商品開発を行い、売上を拡大させるマーケティング手法.Web2.0の普及により、企業のプロモーション活動の軸はマス(大衆)からパーソナル(個人)に移行しました.
Web2.0は、個人の情報収集方法と情報発信方法に変革をもたらしました.結果、エンゲージメント(忠誠心)の強いファンの発信力を活用する「ファンマーケティング」という手法が発達しました.

アーティスト活動の本質は、ある種ファンマーケティングに近い形態でした.コレクターという名のファンを発掘し、そのファンに向けて創作し続けること.ただし、コレクターは必ずしも発信力が強いと限りません.
今後はコレクターだけでなく、発信力の強いファンに向けた施策も重要になると予測します.

DAO

Decentralized Autonomous Organization の略で、和訳すると「分散型自律組織」といいます.暗号通貨の発達により注目された概念です.意思決定プロセス(意思決定の民主化)のユニークさに注目されがちですが、特に注目すべきは「インセンティブ(金銭的利益)の民主化」です.
経済の世界では、新興企業で最もインセンティブを享受するのは株主です.株の大部分は創業メンバーや出資者が保有し、企業価値が向上したタイミングで株を売却して利益を得ていました.一方でその企業のファンは、成功に関与したにもかかわらず利益を享受できていませんでした.
しかし、DAOによってインセンティブ享受者が変化しました.享受者が広く分散することにより、応援したファンもメリットを得、コンテンツが成功するとそのメリットの価値も向上します.

現在のアート業界では、アーティストが「作品」という媒体を通してコレクターから「金銭」というサポートを得、活動維持する方法が主流です.また、その価値づけはギャラリーや評論家が担保しました.
DAOの概念を持ち込むと、アーティストは金銭以外のサポートを受けられ、一方でサポーターは金銭以外のサポートによってメリット(しかも価値の向上が見込める)を得られるようになります.また、価値づけの主体はギャラリストから離れ、分散化します.
今後はサポートやメリットの形態が進化した、DAOをベースとしたアーティスト活動が登場すると予測します.

所有の概念の変化

特に音楽業界が著しかったですが、「現物を所有する」概念が薄れました.20年前はCDという現物を所有することで音楽を所有していましたが、現在ではデータとしてダウンロード、あるいはストリーミングで聴取するメディアに変化しました.音楽業界も主たる収入源がシフトし、媒体販売からコンサート収入やグッズ販売になりました.
アート業界では、特にデジタルアート(GPSアート含む)が該当しますが、作品形態はただのデータです.NFTの普及により、デジタルアートを現物アートと同様に所有する概念を導入する、社会実験的な取り組みが始まりました.メディア進化論(新しい技術の導入により新しい価値観が生まれる)に沿って考察すると、従来の所有の概念に変化が生じると予測されます.

デジタルに造詣の深い2000年以降生まれの層は、ブランドよりも「モノの本質」に価値を見出す傾向にあります.この層が成人し可処分所得が増す2025年以降、デジタル資産所有に対する概念が大きくシフトし、コンテンツ発信側の収入源もシフトする可能性を秘めています.

デジタル資産の税務上の扱い

日本国内、かつデジタルアートに限った概念です.現在、デジタル資産(主にNFT)に関する税務上の扱いが曖昧です.このグレーゾーンが、デジタルアートの価値づけと市場規模の拡大を阻んでいると考えています.
特にコレクターにとって大事なポイントは「購入したデジタルアートの経費化」「デジタルアートの売却益の所得区分」の線引きです.2021年9月、国税庁より「暗号資産に関する税務上の取り扱いについて(FAQ)」が発表されましたが、この情報だけでは税務上の判断は無理です.
一方、22年1月、自民党がNFTの政策検討プロジェクトチームを設立しました.国の成長戦略の一環として推進する動きが出てきたため、近い将来、この問題が解決する可能性があります.デジタルアートを美術品として扱う税制が確立されると、アーティストにとってコレクターからのサポートを受けやすくなります.

まとめ

手法は多様化し、セルフプロデュースしやすい環境になったのは事実.また、現代アートのギャラリーやコレクター人口は増加し、ますます活動しやすい印象です.
ただ、国内マーケットの相対的な市場規模と、景気に左右されやすい市場環境は当時と大して変わっていない気もします.

私は近い将来、GPSアートがアート市場で正当に評価される土壌が形成されると予測しています.ただし、従来同様の仕組みではないはず.調査不足ゆえ未来予想図は描き切れていませんが、随時更新いたします.